データ漏洩対応ガイド

データ漏洩インシデント発生時における個人データ越境移転の法的課題と対応戦略:法務部の視点

Tags: データ漏洩, 越境移転, GDPR, 個人情報保護法, 法務

データ漏洩インシデント発生時における個人データ越境移転の法的課題と対応戦略:法務部の視点

企業活動のグローバル化に伴い、個人データの国境を越えた移転(越境移転)は日常的なものとなっています。しかし、ひとたびデータ漏洩インシデントが発生した場合、この越境移転が複雑な法的課題を引き起こす可能性があります。特に、インシデント対応のためにデータを海外のフォレンジック業者や親会社、クラウドサービスに転送する必要が生じた場合、緊急性の中で既存の越境移転規制への適合性や、新たな法的リスクへの対応が求められます。

法務部門は、このような状況下で発生する法的課題を正確に把握し、適切な対応戦略を立案・実行する中心的な役割を担います。本稿では、データ漏洩インシデント発生時における個人データ越境移転の法的課題と、法務部が取り組むべき対応戦略について解説します。

データ漏洩発生時に個人データが越境移転される状況

データ漏洩インシデント発生時、以下のような様々な状況で個人データが越境移転される可能性があります。

これらの状況は、平時における通常の事業活動に伴う越境移転とは異なり、緊急性が高く、想定外のデータや大量のデータが移転される可能性を含みます。

インシデント発生時に直面する主要な法的課題

データ漏洩インシデント発生時の個人データ越境移転は、各国・地域のデータ保護法によって厳しく規制されているため、複数の法的課題に直面します。

1. 越境移転の法的根拠の確認と確保

多くの国のデータ保護法(日本の個人情報保護法、EUのGDPR、米国の州法など)は、個人データの越境移転を原則として制限しており、特定の法的根拠(十分性認定、標準契約条項(SCCs)、拘束的企業準則(BCRs)、個別の同意、契約履行のための必要性など)が必要となります。

2. 移転先の国の法制度リスク(Schrems II判決の影響)

GDPRにおいては、SCCsやBCRsといった移転メカニズムに加え、移転先の第三国の法制度が、移転される個人データに対して実質的にEUと同等の保護レベルを提供しているか(特に、政府によるアクセス権限の有無やその範囲、データ主体の権利行使の可否など)を評価する義務が課されています(いわゆるSchrems II判決の影響)。

3. 複数の法域における報告・通知義務の調整

データ漏洩が発生し、影響を受けた個人データが複数の国・地域のデータ主体に関する情報を含む場合、それぞれの法域の規制当局やデータ主体に対する報告・通知義務が発生します。越境移転されたデータに関する情報も、これらの報告・通知に影響を与える可能性があります。

法務部が主導すべき対応戦略

データ漏洩インシデント発生時の個人データ越境移転リスクに対応するため、法務部は以下の戦略を主導する必要があります。

1. 事前準備:リスク評価と代替策の検討

インシデント発生前の準備が最も重要です。

2. インシデント発生時の初動と法的判断

インシデント発生後は、迅速かつ正確な法的判断が求められます。

3. 規制当局への対応

関連する各国のデータ保護規制当局に対し、適切に報告・通知を行います。

4. 関係者への説明と契約上の手当

被害者であるデータ主体や、対応を依頼する外部ベンダー、連携するグループ会社に対し、適切な説明と契約上の手当を行います。

社内連携の重要性

越境移転を含むデータ漏洩対応は、法務部門単独では完遂できません。IT部門、セキュリティ部門、海外拠点、事業部門、広報部門など、関係各部署との緊密な連携が不可欠です。法務部は、各部署に対し、越境移転に関する法的要件やリスクを正確に伝え、協力を得ながら全体として適切な対応を推進する必要があります。

まとめ

データ漏洩インシデント発生時における個人データ越境移転は、国内外の複雑な法規制が絡み合う、高度な法的課題です。法務部門は、事前準備としてのリスク評価とIRPへの組み込み、そしてインシデント発生時の迅速かつ正確な法的判断を通じて、これらの課題に対応し、企業の法的リスクを最小限に抑える責任を担います。グローバルな事業展開を行う企業にとって、越境移転に関する最新の法規制動向を常に注視し、実効性のある対応戦略を構築・維持することが、データ保護コンプライアンス体制の要となります。