データ漏洩対応ガイド

データ漏洩発生時、侵害された情報(機微情報・決済情報等)の種類による法的リスクと対応:法務部が押さえるべき要点

Tags: データ漏洩, 法的リスク, 個人情報, 機微情報, GDPR

はじめに:データ漏洩における「漏洩したデータの種類」の重要性

企業におけるデータ漏洩インシデントは、事業継続や社会的信用に関わる重大なリスクです。法務部門は、インシデント発生時の法規制遵守、ステークホルダーへの適切な対応、そして法的リスクの最小化という極めて重要な役割を担います。

データ漏洩が発生した場合、その対応は一律ではありません。特に、どのような種類のデータが侵害されたかは、法的リスクの評価、監督官庁への報告・本人への通知義務の要否およびその内容、影響を受ける範囲、そして再発防止策の方向性を決定する上で、極めて重要な要素となります。

本稿では、データ漏洩が発生した際に侵害された情報の種類に着目し、それぞれの情報が持つ固有の法的リスクと、法務部門が押さえるべき対応の要点について解説します。

なぜデータの種類によって対応が異なるのか:法的根拠とリスクの違い

データ漏洩対応においてデータの種類が重要視される背景には、主に以下の二つの理由があります。

  1. 法規制における取扱いの違い: 世界各国のデータプライバシー保護法は、全ての個人情報を一律に扱うのではなく、その性質に応じて異なる規制や義務を課している場合があります。特に、個人の尊厳に関わる情報や不正利用リスクの高い情報に対しては、より厳格な保護措置や報告・通知義務を求めていることが一般的です。
  2. 漏洩による被害の重大性の違い: 漏洩したデータの種類によって、本人が被る可能性のある被害の性質や重大性が異なります。例えば、氏名や住所といった基本的な情報に比べ、病歴や金融情報、ID・パスワードといった情報が漏洩した場合の方が、差別、詐欺、なりすまし、財産的損害といった深刻な被害に直結するリスクが高いと考えられます。この被害の重大性は、法的な「個人の権利利益を害するおそれが大きい」かどうかの判断に影響し、結果として監督官庁への報告や本人への通知義務の要否・内容に反映されます。

主要なデータ種別ごとの法的リスクと対応

ここでは、データ漏洩が発生した場合に侵害されうる主要なデータ種別に着目し、それぞれの法的リスクと法務部門が考慮すべき対応について解説します。

基本的な個人情報(氏名、住所、連絡先など)

機微な個人情報(要配慮個人情報、GDPRにおける特別カテゴリーの個人データ)

金融情報(クレジットカード番号、銀行口座情報など)

認証情報(ID、パスワードなど)

医療情報/健康情報

企業秘密、技術情報(個人情報を含む場合)

データ種別を考慮した法務部の対応ステップ

データ漏洩発生時、法務部門は漏洩したデータの種類を早期に特定し、以下のステップで対応を進める必要があります。

  1. インシデント発生時の初動:漏洩データの早期特定

    • インシデントレスポンスチーム(IRT)やIT部門と連携し、侵害されたシステム、アクセスされたファイル、データベースなどを特定する過程で、どのような種類のデータが漏洩したのかを可能な限り早期に把握することが極めて重要です。
    • 初期段階で機微情報、金融情報、認証情報などが含まれている可能性が高いと判断される場合は、その後の対応のスピードや範囲を速やかにエスカレーションする必要があります。
  2. 影響範囲とリスクの評価:データの種類が評価に与える影響

    • 漏洩データの種類、件数、属性(誰の情報か)などを総合的に考慮し、個人の権利利益に与えるリスクの重大性を評価します。機微情報や金融情報が含まれる場合、リスクは自動的に高まります。
    • このリスク評価は、監督官庁への報告および本人への通知義務の要否判断の根拠となります。
  3. 法規制上の報告・通知義務の判断:データの種類による重要性の判断

    • 個人情報保護法においては、「個人の権利利益を害するおそれが大きい」事態として、漏洩したデータの種類が重要な判断要素となります。(個人情報保護委員会規則第7条参照)
    • GDPRにおいては、「自然人の権利と自由に高いリスクをもたらす可能性が高い」かどうかが通知義務の判断基準となり、特別カテゴリーの個人データや金融情報、認証情報などが漏洩した場合は、この基準に該当する可能性が高まります。(GDPR第33条、第34条参照)
    • 各国の法規制や、対象となる情報(例えば、医療情報など特定の業種に特化した規制)を確認し、漏洩データの種類に応じた報告・通知義務の要否と期限を判断します。
  4. 被害者への通知内容の検討:データの種類に応じたリスク説明と推奨される対応策

    • 本人への通知文には、漏洩した情報の種類、それによって生じうる具体的なリスク、そして被害者が取るべき対応策(例:パスワード変更、クレジットカード利用状況確認、信用情報機関への連絡など)を明確かつ丁寧に記載する必要があります。
    • 特に機微情報や金融情報、認証情報が漏洩した場合は、リスクの説明をより具体的に行い、推奨される対応策を強調する必要があります。
  5. 監督官庁への報告内容:漏洩データの詳細とそのリスク説明

    • 監督官庁への報告においても、漏洩したデータの種類とその件数、そしてそれによって想定されるリスクについて詳細かつ正確に報告する必要があります。データの種類が、監督官庁の関心やその後の調査の方向性に大きく影響します。
  6. 再発防止策への反映:特定のデータ種別に対する保護強化の必要性

    • 漏洩したデータの種類を踏まえ、特定の情報に対するアクセス制御、暗号化、保存期間の見直しなど、より厳格なセキュリティ対策の必要性を技術部門等と検討し、再発防止策に反映させます。

データ種別ごとの対応における法務部の役割と留意点

結論:データ種別に応じた対応計画の重要性

データ漏洩インシデント対応において、漏洩したデータの種類は、法的な義務、リスク評価、そして具体的な対応策の全てに深く関わります。法務部門は、インシデント発生時における迅速な情報収集体制を構築し、漏洩データの種類に応じて変化する法的リスクを正確に評価できる能力を備えることが不可欠です。

企業は、平時から取り扱うデータの種類とその重要性をリストアップし、それぞれのデータ種別に対するアクセス制御やセキュリティ対策を講じるとともに、インシデント発生時にどのデータが漏洩したかを早期に特定するための体制を構築しておくべきです。

データ漏洩対応計画(IRP)を策定・見直す際には、本稿で解説したように、データの種類を軸としたリスク評価と対応フローを具体的に盛り込むことが推奨されます。これにより、有事の際に法的リスクを最小限に抑え、かつ関係者への適切な対応を迅速かつ的確に行うことが可能となります。

引き続き、データ漏洩対応ガイドでは、企業法務部門の皆様がデータプライバシーとセキュリティリスクに効果的に対応できるよう、実践的かつ信頼できる情報を提供してまいります。